臆病イカロス

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本当はずっと好きだったわ、
なかなか素直になれなかったけれど。


貴方には、きっとずっと、
お見通しだったのでしょう。
私は貴方が怖かった。
私の価値を否定する貴方が。
私に見向きもしない貴方が。


それでもとても好きだった。


努力をしない人間は嫌い。
子供だからと言って、甘えて、
怠惰に過ごしている人間が嫌いだった。

「久世さん、知っていた?
あのB6が担任の教師を、
バカサイユに入れたそうよ」

「・・・それが、どうかしたの?」

「だって、今まで誰も入れなかったのよ!
しかもその先生は、若い女の人なんですって」

道に迷っていた、南先生。
記憶を掠めるそのことばに、
私は不愉快を隠しきれず、
持っていた教科書で机を叩いた。

「・・・くだらない!
噂話など止めなさい。
それでも crass A の生徒なの?」

話しかけてきたその子は、
顔を歪めて私から離れた。
ただの八つ当たりだ。
私だって、本当は凄く興味があった。

貴方たちの・・・貴方の、テリトリーに入れるひとに。





初めて、貴方のバスケを観たときに、
本当に感動したの。
時間を忘れて見入っていたわ。
たくさん努力をしたのだろうと思った。
勉強が出来なくても、努力をしているひとだわ。
何と言う傲慢。
私は私の物差しで貴方をはかった。
実のところ貴方は本物の天才で、
努力などとは無縁だった。
貴方は水に棲む魚のような優雅さでコートを支配した。




話しかけてみたかったのに、
私と貴方には接点がなかった。
私は恋をしたのが初めてで、
それに貴方はとても難しいひとだったから、
貴方にぶつかる勇気が無かった。




だから、聖帝祭は。
最後のチャンスだと思った。




貴方が、南先生を気に入っているのは知っていた。
特別に思っているのだと。
私は貴方ばかり見ていた。
先生と、話したとき。
ドレスを着なくてはならないのを
知らないのだと分かった。
無理も無い。
先生は赴任してまだ間もない。


―― もしも、私が黙っていれば?


スーツでは、踊れない。

貴方が、私と踊ってくれるかもしれない。



どうしても、言えなかった。







だから、罰が当たったのかな。
スーツ姿で、会場の真ん中で、
貴方と踊る先生は、本当に綺麗だった。
自棄になって、ほとんど出鱈目なステップで、
子どものように楽しげに笑う先生は、
貴方にとても似合っていた。






・・・私は、勇気がなかったのだ。
振られても、貴方にありのままの私を
ぶつける勇気が無かった。
もしもそうしていたら。
私に、先生のような勇気があれば。
こんなふうに後悔しなくて良かったのかもしれない。
でも、私は私なりに精一杯貴方に恋をしたと思う。






教育学部に進路を決めた。
進路指導の先生は、渋い顔をした。
私ならもっと他に良い進路がある筈だと。
他人の物差しなんて、知ったことではない。
私は、教師になるのだ。
今度こそ、本当の自分で、勝負をしてみせる。






貴方は私に振り向かなかった。
天才で、気まぐれで、悪戯が好きで、
何にも支配されない貴方。
今でも、きっと。
貴方は貴方の道を歩んでいる。
そして、貴方の傍にはきっと、
貴方を誰よりも理解しているひとがいる。
それは私を励ましてくれる、ひとつのイメージだ。
私は、貴方に負けたくない。
貴方が私を意識しなくても、よ。
勝手にそう思っているの。




空を目指して、お日様の光に、
蝋の羽根を焼き尽くされたイカロス。
彼は地に落ちる瞬間に、
己の運命を呪っただろうか?
私はそうは思わない。
例え分不相応な恋だったのだとしても、
貴方に恋をしたことは・・・
私の誇りだったのだから。











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