ねがいごと 女王の場合

モクジ

「女王は膝を屈さぬ。屈するときは死とともに」




真紅は血。
幾重にも折り重なる花弁。
業の深い女性を想わせる花の中の花。
まさしく女王に相応しい。




「アリスはどこにいる!」

低く通る女性の声が城に響き渡る。

この城は静かだ。無理も無い。

女王の機嫌を損ねれば即座に首をはねられる。

皆戦々恐々と己の仕事に従事しているのに違いない。

と思いきや、滞在してみるとそうでもなくて、

メイドや使用人の躾が行き届いているかららしい。

確かにあの物騒な連中とまともに付き合おうとすれば、

息をするのさえ恐ろしくなるかもしれない。

「はいはい、私はここにいるわよ。 ビバルディ」

ビバルディは実は可愛い。

私が名を呼ぶと、少しだけ驚いて笑う。

何度繰り返しても慣れないままで。

残酷で無慈悲で、容赦を知らない女王様。

今は夕方。

昼と夜の間の赤く染まる時だけ、

彼女は心穏やかにいられるのだ。

確かに美しい時だと思う。

「茶を飲まぬか。 風変わりな茶葉を手に入れた。
帽子屋と取り合いにあったがな」

たかだか茶葉を取り合ったにしろ、

なにかしら不穏な気がしないでもない。

藪から蛇を突きだすのは目に見えているから、

具体的ないきさつはきかなかった。


「いいわね」


テラスにしつらえられたスペースは

女王の私的な色彩を帯びる。

城からの景観は素晴らしい。

茶葉は、癖のある薔薇茶だった。



「薔薇は好きだ。特に赤い薔薇を好む」



女王は優雅に腰掛けて、厳かに言った。

赤い薔薇は、完璧な美を誇る。


「そうね――あなたにはよく似合うと思うわ。
ビバルディ」


「アリス、 そなたも好きか?」


「好きよ。 でも苦手」


完璧なものは苦手だった。

私の手にあってはならないものだから。

それに、薔薇は女性的で、

私は《女》にも引け目を感じてしまうのだ。


「ふむ。 好きなのに苦手とは矛盾していないか」


女王は首を傾げる。



「人間は矛盾しているものじゃない?」



矛盾こそが、ひとの本質と言っても良い。

特に私の気持ちは、濁っている。

割り切れず澱み、時に汚い。

ビバルディは違う。

彼女の喜怒哀楽は純粋で、強い。

気位の高い潔癖な少女のそれと同じ。

そこに惹かれている。


「ビバルディには白も似合うわよ。
純白の薔薇」


矛盾を許容せず、何にも染まらぬ高貴な色。


「・・・アリス。
そなたは意外なことを言う」

「気を悪くした?」

「ふふ・・・。 いや、面白いぞ」



香り豊かな茶や、贅沢な菓子。

ティーテーブルの上に、あるいはそこかしこに、

飾られる薔薇は全て真紅。

朱に染まりきらず、

冴え冴えとしている女王の横顔。


気に入らぬものはここにないのだ、と女王は言う。

気に入らぬものは全て壊して殺した。


「壊して、殺す?」

「動きを止めたのだ」

二度と動かない壊れた玩具。

死とは、何だろう。


「壊れているのに動き続けているのが、

気に食わない」


女王の苛立ちを鎮めるために。

兵士たちの首がはねられる。

彼女の意に沿う色を撒き散らして。

さながら薔薇の花弁のように、

女王への供物は絶やされない。

ここは城。 女王こそが主。





「アリス。そなたは苦手らしいが、

そなたにも薔薇は似合うぞ」

女王は無造作に薔薇を抜き取り、

華奢な手で手折ると、

私の髪を飾った。

はらり、と落ちた花弁に目をやる。



「私の好きな花だからな」


「・・・ありがと」



私もまた女王のお気に入りの玩具のひとつなのだろうけれど。

この寂しがりやの少女の慰めになるのなら

それも悪くは無いと思っている。

その美しい笑顔は、私を慰めてくれるのだから。








モクジ