ねがいごと エースの場合
「変わることが、そんなに大事なことなのか」
「エースって、ペーターと同じくらい
偉いのよね・・・?」
時計屋に向かっていたところを、
野宿しているエースに捕まった。
時計屋から城へと帰る途中で迷っているのか、
と思えば、エースの目的地は遊園地だった。
「まるで方向が違うじゃないの」
方向音痴も徹底すれば特技だ。
私は急ぎの用事ではないので、同行を申し出た。
今は夜だ。
エースに付き合って火を囲む。
街は近いので、別段外で休む必要性は無いが、
エースと街へ向かうくらいなら
移動しない方がはるかに休める。
飼い主の言うことを意に介さない大型犬を
散歩に連れ出すようなものだ。
あちこち引っ張りまわされたあげく、
間違いなく私の体力と忍耐が先に尽きるだろう。
珍しく仕事絡みの用事らしい。
この国の住人たちの《役割》は理解し難い。
「ん〜。 あっちのが偉いよ、一応。
でも俺も結構強いから」
「エースって強いのよね、意外だけれど」
いつか、帽子屋の双子を軽くあしらっていた。
双子は子どもとはいえ、決して弱くはない。
他の連中に負けず劣らず物騒なのに。
一人で二人を相手にして余裕があったエースの腕は
察するに余りある。
「軍事責任者なんだ、強くなけりゃ話にならない、だろ?」
「エースが、軍事責任者ねえ。 この国にしては平和的だわ」
糸の切れた風船みたいなエースが
兵士たちを統括しているのだ。
そもそも軍事責任者という
いかめしい呼称が眼前の好青年には似合わない。
「戦争とは無縁な国だから。 平和的じゃないか」
「・・・どこがよ!?」
この国が平和なら、平和の概念からして変わってくる・・・。
「小競り合いはあるけど、
規模は大きくならない。
俺も安心して迷ってられる。
君の兎さんもいるしさ」
「あのね、エース。
二度は言わないからよくきいて。
アレは私のじゃない」
「はは、分かったよ。
かわいそうだね、あのひとも」
ナイトメアもペーターをかわいそうだと言った。
「どこがよ。 年がら年中春めいてるわよ、あんなヤツ」
頭が弱いという意味でなら、
確かにかわいそうだが・・・。
顔が良くてもストーカーは勘弁願いたい。
大体本人の同意・了承もなしに拉致されて
好意を持てたらそれこそどうかしている。
「かわいそうだよ。
君が欲しくて、たまらないんだからさ。
でも、俺は羨ましくもあるんだ」
火の粉は夜に溶ける。
ぱち、ぱち、とはぜる音がする。
「・・・何故?」
「恋なんて、最高に上等な暇潰しだと思わないか。
あのひとは俺よりも深刻に道に迷っているんだぜ。
しかも、目的地さえ分からないのに。
羨ましいよ、俺は」
エースにしては珍しく謎かけめいている。
「道に迷うのが、楽しいの?
私はあなたたちが羨ましいなんて思わないわよ」
ため息を吐いた。
「それに、恋なんて暇つぶしにならないわ」
もっと、手に負えない。
「だいたい、この国のひとたちは
誰もがゲームに参加してるんでしょう。
ゲームこそ、暇つぶしの最たるものよ」
「・・・アリス。 君は余所者なんだね。
ゲームで暇は潰せない。
お楽しみなんかにはならない。
・・・だから、あのひとが羨ましくなる。
ペーターさんには、君がいる」
さっぱり分からない。
この国のひとたちの思わせぶりな物言いには参る。
「・・・特別に思えるひとが欲しいというなら、
分からないでもないわ」
特別な誰かの特別になりたい。
「そう、そういうことだ。
君という特別な存在を抱いているところが、
妬ましい」
意外性の塊は、私に同意する。
エースは、トランプの切り札。
強くて当たり前なのだろう。
けれど、カードはカードで、互換可能な存在に変わりは無い。
青年は、朗らかな声音と虚無的なまなざしを持っている。
「君は変わらないではいられない余所者だ、
俺とも仲良くして欲しいな」
「十分、仲良くしてるわよ」
でなければ捨て置く。
私はそこまで、付き合いは良くないのだ。
空の色が劇的に一変して、一面の青があらわれた。
「行こうか、アリス」
「・・・出来れば、張り切らないで・・・」
エースと二人で向かうその道行きの困難が察せられて、
私はこめかみを押さえる。
「二人旅の楽しさはまた格別だな!」
「・・・旅とか言わないで・・・」
残り火の熱はやがて冷めるだろう。
ドレスの裾を払い、私は赤い背中を追った。
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