光を抱く闇よ、その翼よ
ハートの国の宰相、ペーター・ホワイトは、
何にも執着しない、残酷な男だった。
この世に楽しみなどひとつも持たなかった彼を
変えたのは、小さな女の子だ。
ペーター・ホワイトは想われる幸せを知った。
哀しみ、怒り、痛み、憧憬、そして、限りない祈りが
ペーター・ホワイトに注がれる。
いつまでもそれはやまなかった。
何故なら、女の子の心には行き場が無かった。
ペーター・ホワイトの他には。
よせてはかえす波が永遠に打ち寄せるように。
強く、強く、想われる。
何て愚かで愛おしい。
女の子は酷い痛手をこうむっているのに、
自身ですらそれに気がついていなかった。
ペーター・ホワイトは女の子を見守る。
女の子は劣等感に苛まれている。
想う男ですら姉を選び、
父親の心の大半は墓の下にある。
女の子は過ちを犯した自分と、
姉を殺すなどという極端に異常な不正を犯した神を、
激しく憎み続けている。
答えなど、見つかるはずも無い不毛な問いを繰り返して。
ペーター・ホワイトにはまるで理解が出来ない。
ただ、女の子のハートを守らなければ、と感じる。
とても、気に入っているのだ。
つまらないものしかないこの世の中で、
それだけが気に入っている。
「待っていてくださいね、アリス」
早く迎えに行かなければならない。
そこから連れ出さなくてはならない。
傍に置かなければ、女の子が失われてしまう。
せっかく、とても綺麗なのに。
壊れてしまうのは、つまらない。
ペーター・ホワイトは夢を司る者に会いに行く。
禁忌を犯すためには、夢魔の力が必要だ。
夢魔は容易く企みに加担した。
ガラスの瓶に揺れる液体を飽かず眺め続ける。
「アリス。 アリス・リデル」
いつまでも、
僕を探している貴方が、
可哀相で、
・・・愛おしい。
「大丈夫。 僕の方から、迎えに行きますから」
ペーター・ホワイトは少しずつ執着を知っていった。
彼の時間が訪れる、女の子の望みが臨界するときを。
やがて会えるそのときを。
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