夢見る頃を過ぎても
※一之瀬 蓮 + 桜川 ヒトミ
後日談のさらに未来。甘めかと。
彼女は柔らかな陽射しの中で微笑む。
学生時代に出会った頃から、
それこそ今からは考えられないくらい太っていた時分から変わらない、優しい笑みを独り占めできる喜び。
微かに息苦しい程にふと愛しさが募った。
あれから時は流れて、彼女は今秘書―俺の右腕として、
変わらずに側にいる。
多忙極まる日々を乗り切るパートナーであり、心の支えでもある。
職務の合間を縫うように、近隣の公園の芝生に横たわっていると、
学生時代が懐かしかった。
「蓮さん、それでね。私美人秘書って、言われたんですよ! 」
手製の弁当を広げながら、楽しそうに話している。
「昔は100キロあったの、って言ったら皆信じてくれなくて。
嬉しかったなあ」
細い指がさらさらと俺の額にかかる髪を払う。
「聞いてますか? 」
「もちろん」
不意をついて膝の上に頭を乗せる。
「って、ちょっと、れれれれ蓮さん!? 」
「今更動揺するなよ。恋人だろうが」
「…いきなりは心臓に悪いんですってば…」
「はは、顔真っ赤」
「…もう…」
しかし彼女は決して拒まない。
「で、誰?」
不思議そうに首を傾げるその鈍感さには参るがたまに助かる。
「美人秘書って言った奴。男だろ?
口説かれてたんだよ、お前」
「え。わ、私が?」
「鈍いな。ま、それで良かったのかもしれないが」
不機嫌を隠しきれないでいる俺に彼女は焦り、
顔を覗き込むようにした。
「いや、たぶん蓮さんの思い違いじゃないかな…」
私、そんなにモテないですよ、と慌てた口ぶりの彼女の困った顔を
見ていると悪戯な気持ちが胸に湧く。
「それに…」
少しの間が落ちて、
「私は蓮さん一人で手一杯です」
俺はきっと彼女には一生かなわない。
夢の中にいるような幸福な時間が過ぎていく。
今なら弟を失ったあの娘が理解できる。
彼女を失ったなら俺は、
きっと俺から彼女を奪った誰かを恨まずにはいられないだろう。
ゆっくりと口づけながら、
彼女と出会う前の暗闇の日々を思った。
俺にとって彼女は例え恋の情熱が冷めても永遠に
俺を導き続けるであろう灯火だ。
「ずっと一緒に…」
「当たり前です」
言いかけた言葉を遮るようにキスされる。
「…仕事をする気分じゃなくなったな…」
呟くと彼女は照れくさそうな懐かしい笑みを浮かべた。
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