Paper Moon 2

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瑞希君は、手を放さなかった。
私も手をつないでいて欲しかった。
月明かりの下で、夜の道を歩く。
導かれるままに、歩いた。
ヘンゼルとグレーテルの御伽噺を思い出す。

「本当にほっとしたわ。
珍しいのね、トゲーが迷子だなんて」

瑞希君は、どこか上の空だった。
きゅ、と強く手を握り締められた。

「・・・悠里、僕が好き?」

「好きよ」と、即答しようとしてはっとした。
瑞希君は、どこか悲しそうに見えた。

「好きよ・・・世界中の誰よりも好き」

「生徒としてじゃなくて・・・、恋人として?」

はじめは、瑞希君に。
白い紙で作られた月のように、
人工的な印象を持っていた。
近寄りがたくて、よそよそしくて。
でも――。 
意外とお茶目で、強かで・・・。
とても惹かれた。


「そうよ」


瑞希君が、アメリカに行くと告げたとき。
心臓が引きちぎられるようだった。



「恋人としての好きだわ・・・」



『アメリカに、行かないで』

私は言ったのだ。
卒業式の日。 よく晴れた日。
あれ程願った瑞希君の幸せを、願えなかった。
傍にいて欲しくて、会えなくなるのが辛くて。
言ってはいけない一言を言ってしまった。

「悠里は、とても優しいから・・・、
特に、生徒には本当に優しくするから。
僕は、悠里の特別じゃない気がする」

「それは、違うわ。
君が生徒なら、あのとき、
私はきっと祝福できた。
笑って、見送ってあげられたわ」

「悠里は、どうして気にするの?」

「・・・何を」

「僕を引き止めたこと」

気付かせたことに、自分に腹が立つ。

「うん・・・少しだけ、気にしてる。
君のためだけを、思っていられなかったから」

「・・・僕は、あのとき、
悠里に引き止めて欲しかった。
悠里の気持ちを試したんだ。
だから、アメリカになんてきっと行かなかったよ」

例えば。
手の握り方一つでも、実感できた。
私は、瑞希君に大切にされているのだと。
抱きしめられるときは、 
同じ強さで抱き返した。

「例え、悠里が僕を好きにならなくても、
僕は少しでも悠里の近くにいたいと思った筈なんだ。
どうして、気にするの?」

「瑞希君・・・」

「悠里・・・、ねえ。一緒に暮らして」

その申し出は突然で、私は心底驚いてしまった。

「少しでも長く傍にいて欲しい」

「瑞希君、本気なの?」

「うん。 今日・・・トゲーがいなくなって、
悠里と一緒に、探しながら・・・、
それまでずっと暗闇で、不安だったのに、
どんどん晴れ間が見えていく感じがしたんだ」

普段、あまり話をしない瑞希君の饒舌。
私は、黙って耳を傾けていた。
月の光はいつだって優しい。
瑞希君を照らし、トゲーを照らし、私を照らす。
思いの外に夜を明るくしてくれる。

「悠里がいないと、つまらない・・・。
何をしても、面白くない」

「そんなことは、ないわ」

「あるよ。 悠里に会う前は、
自分が退屈してるだなんて、
気がついていなかったんだから・・・、
悠里、責任取って」

人気の無い道。
世界中で、二人きりのような錯覚を覚える。

補習の時間に、寝ている君を
起こさなかったことがある。
少しの間、眺めて・・・それから起こした。

「一緒に暮らしたら、
がっかりするかもしれないわよ」

「試してみなければ、分からない。
それに、悠里はもう少し
素直に甘えてくれたら良いのにって、
いつも思ってる」

「それが出来たら、苦労はしないわよ・・・」

つないだ手をほどいて襟元を引くと、
直ぐに察せられてキスが落とされた。
落ちそうになったトゲーが、慌てて位置を変える。
何度か繰り返して、耳元を引き寄せて囁く。

「一緒に暮らそう、瑞希君。
・・・私も、傍にいたい」

零れ落ちたのは、掛け値なしの本心。
子どもめいて無邪気な満面の笑みを見て、
私も思わず笑ってしまった。
トゲーの鳴く声も、どこか嬉しそうだった。

「生徒には、キスなんかしないわよ」

「僕は、生徒の頃からずっとしたかった」

「・・・したいのと、するのは別ね」

「悠里も、僕にしたいと思った?」

「ノーコメントで」

「それとイエスって、同じ意味だと思う・・・けど」













その週末の土日に、瑞希君はさっさと手続きを済ませた。
あまりの速やかさに驚いたが、
瑞希君は来るべき日のために稼いでいたのだ、
とこともなしに言った。
以来私たちと、トゲーと、
二人と一匹で暮らしている。

瑞希君との暮らしは本当に何でもありの暮らしで、
毎日があっという間に過ぎていった。




to be continued









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