「ペットって・・・どういうことなの?」
卒業年以来、何度かやりとりはしている。
最新の近況報告によれば、
ヴィスコンティの活動は順調、
メンバーの仲も円満で、
何かトラブルを抱えている様子はなかったと思う。
「実は、ストーカーに付けまわされているんだ」
「ストーカー!?」
瞬君の話によれば。
熱心なファンが、時にエスカレートする
ケースはままあるらしい。
取り合わないようにしていたが、
妄想に満ちた強烈な内容の手紙が日に何通も届き、
どこをどう突き止めたのか、
自室にまで押しかけられたらしかった。
荒らされたゴミを見て、
流石に何とかしなければ、と感じたらしい。
「それは・・・怖いわね」
映画や小説の世界の話だと思っていた。
「事務所を通じて警察にかけあったが、
あまり積極的に動いてはくれないんだ。
少し嫌な予感がして・・・、
翼のツテで専門機関に依頼した」
「専門機関って・・・探偵や興信所かしら?
それにしても、それでどうしてペットになるのよ」
なかなかにおおごとらしい。
「先生のところで、俺を預かってくれないか?」
「ええっ・・・!?
事情はよく分かりましたが、
どうして私なの?」
自室に居たくない、という気持ちはよくわかる。
しかし、私の部屋である必要は無いのではないだろうか。
はっきり言ってセキュリティは並み以下なのだ。
「ヴィスコンティやB6の部屋や、
ホテルには泊めてもらったんだが・・・。
どうも寝られない日が続いて・・・、
先生がいたら、熟睡できる気がして」
よく見れば、顔色が悪かった。
おそらく、本当に眠りが足りていないのだろう。
「・・・分かったわ。
それにしても、ペットはないでしょう」
瞬君は、笑った。
例文を、今も覚えていたのだろうか。
「・・・先生のところにいさせてもらえるなら、
俺に出来ることは何でもする。
先生が、俺にして欲しいと思うこと、
全部してやるから」
「馬鹿なことを言わないの」
「・・・俺、弱っているんだ。
すぐに出て行くから。
だから・・・少しの間だけ、
傍に置いてくれないか」
瞬君は。
卒業以来一度も母親の話をしなかった。
『先生のペットになりたい』
・・・それは寂しいということ。
寂しくてたまらないということ。
「三日で良い。
そろそろ、騒動にもケリがつくだろうし・・・。
そうしたら、もう迷惑はかけない」
迷惑?
私は、君を負担に思ったことは無い、と言おうとして。
瞬君は言葉では信じないだろうと思い止めた。
「良いわ・・・、分かりました。
明日明後日は土日ですし、気晴らしにどこか行きましょう。
それとも、外出しない方が良いのかな?
その専門機関の電話番号を教えてくれる?
詳しい話を聞いてみるわ。
私は今日仕事があって、もう出かけるから、
君はさっさと寝なさい・・・狭いけれど、我慢してね」
言い終わる頃には、瞬君は既にうとうとしていたから、
全部言い含められたかどうかは分からなかった。
ドアを閉める。
合鍵を机の上に、書置きを沿えて置いた。
卒業生とはいえ、事情があるとはいえ。
若い男性を部屋に泊めるのは、
軽率なふるまいかもしれない。
ただ、私は。
いざというときには、
必ず私の生徒の味方をすると決めていたのだ。
「I wanna be the teacher's pet 、か・・・」
例文よりも、覚えておいて欲しいことが、
きちんと伝わっているように願いながら。
私は、学校へと足を運んだ。
to be continued
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