眠れない日々が続いていた。
悪夢を見るからだ。
深く眠れば夢は見ない。
だから眠らなかった。
ストーカーの存在は、まるで肉化した悪夢めいていた。
どうやって、自宅の住所を知ったのか。
事務所のスタッフや、
ヴィスコンティのメンバーは、
有名税だと笑った。
それは、俺の気分を軽くするためだった。
俺も笑ったが、不安は油汚れのように染みて落ちなかった。
翼に連絡し、相談を持ちかけ、
B6の部屋を転々としているうちに、
深刻な睡眠不足の度合いが増していった。
傍目にも分かりやすく、俺は失調した。
急遽スケジュールにこじあけた三日間のオフ。
グラグラする頭で、俺は助けを求めた。
助けを求める相手は、ひとりしかいなかった。
「・・・せんせい」
―― あのときみたいに、俺を助けて。
小さな頃からずっと。
誰にも頼れないと思っていた。
暗闇に潜む何かが怖かった、子どもの頃。
俺は母を呼ばなかった。
なぜなら、母を呼び、母が応えなかったら。
そのときにこそ、俺はオバケに食べられてしまう。
そんなふうに考えていた。
ストーカー騒ぎは、おそらく引き金に過ぎない。
俺は、切実に先生の存在を必要としていた。
その夜は一の部屋に泊まった。
夜通しのバイトがあるらしく、
何でも好きにして良いと言われた一の部屋は、
居心地が良くて、それでも眠れなかった。
いつしか、先生に奨められた洋画のDVDを観て過ごした。
字幕も、吹き替えも無い洋画。
内容はさっぱり分からない。
『I wanna be a teacher's pet・・・』
明るい曲が流れる、映像をじっと見つめているうちに、
狂おしい程会いたいと願っている自分がいた。
「先生・・・」
俺が育む妄想も。
ストーカーが育む妄想も大差ない。
弱った思考力。
俺は、本当に先生のペットになりたいと思っていた。
生徒は他にもいる。
恋人は永続的ではないかもしれない。
ただ、愛情を注がれる存在に憧れた。
不健康で、不健全で、救いがたい。
「会いたいんだ」
先生の部屋のドアを叩いたのは、その翌日だった。
to be continued
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